信濃村教会のブログ

長野県の北端、信濃町にあるキリスト教の教会。信濃村教会の日々の様子

HOME プロフィール

信濃村教会

Author:信濃村教会
信越五岳(飯綱、戸隠、黒姫 、妙高、斑尾)に囲まれた信濃町にあるキリスト教会です。

牧師:稲垣真実
信濃村教会HPへリンク

※当教会は、福音主義プロテスタント教会で、日本基督教団に所属しています。
統一協会(統一原理)、エホバの証人(ものみの塔)、末日聖徒イエス・キリスト教会(モルモン教)とは一切関係がありません。



最新記事 集会案内
【主日礼拝】
 毎週日曜日 午前10時30分
【こどもの教会】
 毎月 第2土曜 午後2時
【婦人会】
 毎月1回日曜日 午後
【聖研祈祷会】
 第1・3・5水曜日
 午前10時30分
【家庭集会】 不 定

※集会は日程が変動することがあります。月間予定の記事などでご確認ください。
カテゴリ リンク 長野県の天気
検索フォーム
2015年12月の記事

1月3日 主日礼拝

1/3 降誕節第2主日礼拝
 説 教 「主イエスの羊」 稲垣真実牧師
 聖 書 ヨハネによる福音書10:22-42

 そのころ、エルサレムで神殿奉献記念祭が行われた。冬であった。 イエスは、神殿の境内でソロモンの回廊を歩いておられた。すると、ユダヤ人たちがイエスを取り囲んで言った。「いつまで、わたしたちに気をもませるのか。もしメシアなら、はっきりそう言いなさい。」 イエスは答えられた。「わたしは言ったが、あなたたちは信じない。わたしが父の名によって行う業が、わたしについて証しをしている。しかし、あなたたちは信じない。わたしの羊ではないからである。わたしの羊はわたしの声を聞き分ける。わたしは彼らを知っており、彼らはわたしに従う。 わたしは彼らに永遠の命を与える。彼らは決して滅びず、だれも彼らをわたしの手から奪うことはできない。わたしの父がわたしにくださったものは、すべてのものより偉大であり、だれも父の手から奪うことはできない。 わたしと父とは一つである。」 ユダヤ人たちは、イエスを石で打ち殺そうとして、また石を取り上げた。すると、イエスは言われた。「わたしは、父が与えてくださった多くの善い業をあなたたちに示した。その中のどの業のために、石で打ち殺そうとするのか。」ユダヤ人たちは答えた。「善い業のことで、石で打ち殺すのではない。神を冒涜したからだ。あなたは、人間なのに、自分を神としているからだ。」 そこで、イエスは言われた。「あなたたちの律法に、『わたしは言う。あなたたちは神々である』と書いてあるではないか。 神の言葉を受けた人たちが、『神々』と言われている。そして、聖書が廃れることはありえない。それなら、父から聖なる者とされて世に遣わされたわたしが、『わたしは神の子である』と言ったからとて、どうして『神を冒涜している』と言うのか。もし、わたしが父の業を行っていないのであれば、わたしを信じなくてもよい。しかし、行っているのであれば、わたしを信じなくても、その業を信じなさい。そうすれば、父がわたしの内におられ、わたしが父の内にいることを、あなたたちは知り、また悟るだろう。」 そこで、ユダヤ人たちはまたイエスを捕らえようとしたが、イエスは彼らの手を逃れて、去って行かれた。イエスは、再びヨルダンの向こう側、ヨハネが最初に洗礼を授けていた所に行って、そこに滞在された。
 賛 美 16・162・227・280・81・26
 聖餐式
 交読詩篇82篇
スポンサーサイト

12月27日 主日礼拝

12/27 降誕節第1主日礼拝
 説 教 「一つの群れに」  稲垣真実牧師
 聖 書 ヨハネによる福音書10:1-21

 「はっきり言っておく。羊の囲いに入るのに、門を通らないでほかの所を乗り越えて来る者は、盗人であり、強盗である。門から入る者が羊飼いである。門番は羊飼いには門を開き、羊はその声を聞き分ける。羊飼いは自分の羊の名を呼んで連れ出す。自分の羊をすべて連れ出すと、先頭に立って行く。羊はその声を知っているので、ついて行く。しかし、ほかの者には決してついて行かず、逃げ去る。ほかの者たちの声を知らないからである。」イエスは、このたとえをファリサイ派の人々に話されたが、彼らはその話が何のことか分からなかった。イエスはまた言われた。「はっきり言っておく。わたしは羊の門である。わたしより前に来た者は皆、盗人であり、強盗である。しかし、羊は彼らの言うことを聞かなかった。わたしは門である。わたしを通って入る者は救われる。その人は、門を出入りして牧草を見つける。盗人が来るのは、盗んだり、屠ったり、滅ぼしたりするためにほかならない。わたしが来たのは、羊が命を受けるため、しかも豊かに受けるためである。

 賛 美 268・248・267・516・29
 交読詩篇34篇12-23

12月24日 燭火礼拝

【燭火礼拝】12/24 午後19時~
        クリスマス・イヴ礼拝

 メッセージ「新たな始まり」
 聖 書 イザヤ書60:1-2
     ルカによる福音書2:1-21
     マタイによる福音書1:18~25
 賛 美 231・260・263・278・264・261
 交読詩篇23篇
 礼拝後:キャロリング


12月20日 主日礼拝

12/20  待降節第4主日礼拝 クリスマス礼拝 
 説 教 「神は我らと共に」 稲垣真実牧師
 聖 書 マタイによる福音書1:18~25

 イエス・キリストの誕生の次第は次のようであった。母マリアはヨセフと婚約していたが、二人が一緒になる前に、聖霊によって身ごもっていることが明らかになった。夫ヨセフは正しい人であったので、マリアのことを表ざたにするのを望まず、ひそかに縁を切ろうと決心した。このように考えていると、主の天使が夢に現れて言った。「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。」このすべてのことが起こったのは、主が預言者を通して言われていたことが実現するためであった。「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」この名は、「神は我々と共におられる」という意味である。ヨセフは眠りから覚めると、主の天使が命じたとおり、妻を迎え入れ、男の子が生まれるまでマリアと関係することはなかった。そして、その子をイエスと名付けた。
 賛 美 242(4)・268・271・261・79・26
 聖餐式
 交読詩篇98篇
 礼拝後:愛餐会


【燭火礼拝】12/24 午後19時~
クリスマス・イヴ礼拝
 司式:稲垣真実牧師 奏楽:飯田昭子姉
 メッセージ「新たな始まり」
 聖 書 イザヤ書60:1-2
      ルカによる福音書2:1-21
      マタイによる福音書1:18~25
 賛 美 231・260・263・278・264・261
 交読詩篇23篇
 礼拝後:キャロリング

12月13日 主日礼拝

12/13  待降節第3主日礼拝 アドベント第三週 
 説 教 「マリアの賛歌」 稲垣真実牧師
 聖 書 ルカによる福音書1:46~56

 そこで、マリアは言った。
「わたしの魂は主をあがめ、
わたしの霊は救い主である神を喜びたたえます。
身分の低い、この主のはしためにも
   目を留めてくださったからです。
今から後、いつの世の人も
   わたしを幸いな者と言うでしょう。
力ある方が、
   わたしに偉大なことをなさいましたから。
その御名は尊く、
その憐れみは代々に限りなく、
主を畏れる者に及びます。
主はその腕で力を振るい、
思い上がる者を打ち散らし、
権力ある者をその座から引き降ろし、
身分の低い者を高く上げ、
飢えた人を良い物で満たし、
富める者を空腹のまま追い返されます。
その僕イスラエルを受け入れて、
憐れみをお忘れになりません、
わたしたちの先祖におっしゃったとおり、
アブラハムとその子孫に対してとこしえに。」
 マリアは、三か月ほどエリサベトのところに滞在してから、自分の家に帰った。 さて、月が満ちて、エリサベトは男の子を産んだ。
 賛 美 242(3)・175・55・255・27
 交読詩篇57篇1-6

信濃村教会のホームページへ



このブログに引用される聖書は、『聖書 新共同訳』であり、その著作権は以下に帰属します。
(c)共同訳聖書実行委員会 Executive Committee of TheCommon Bible Translation,
(c)財団法人 日本聖書協会 Japan Bible Society, Tokyo 1987,1988