信濃村教会のブログ

長野県の北端、信濃町にあるキリスト教の教会。信濃村教会の日々の様子

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信濃村教会

Author:信濃村教会
信越五岳(飯綱、戸隠、黒姫 、妙高、斑尾)に囲まれた信濃町にあるキリスト教会です。

牧師:稲垣真実
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※当教会は、福音主義プロテスタント教会で、日本基督教団に所属しています。
統一協会(統一原理)、エホバの証人(ものみの塔)、末日聖徒イエス・キリスト教会(モルモン教)とは一切関係がありません。



最新記事 集会案内
【主日礼拝】
 毎週日曜日 午前10時30分
【こどもの教会】
 毎月 第2土曜 午後2時
【婦人会】
 毎月1回日曜日 午後
【聖研祈祷会】
 第1・3・5水曜日
 午前10時30分
【家庭集会】 不 定

※集会は日程が変動することがあります。月間予定の記事などでご確認ください。
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2015年05月の記事

5月31日 主日礼拝

5/31 聖霊降臨節第2主日礼拝
 説 教 「恐れることはない」  稲垣真実牧師        
 聖 書 ヨハネによる福音書6:16-21

 夕方になったので、弟子たちは湖畔へ下りて行った。そして、舟に乗り、湖の向こう岸のカファルナウムに行こうとした。既に暗くなっていたが、イエスはまだ彼らのところには来ておられなかった。強い風が吹いて、湖は荒れ始めた。二十五ないし三十スタディオンばかり漕ぎ出したころ、イエスが湖の上を歩いて舟に近づいて来られるのを見て、彼らは恐れた。 イエスは言われた。「わたしだ。恐れることはない。」 そこで、彼らはイエスを舟に迎え入れようとした。すると間もなく、舟は目指す地に着いた。
 賛 美 11・343・287・461・27
 交読詩篇19篇
 礼拝後:役員会

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5月24日 主日礼拝

5/24 聖霊降臨節第1主日礼拝 ペンテコステ礼拝
 説 教 「命のパン」  稲垣真実牧師
 聖 書 ヨハネによる福音書6:1-15

 その後、イエスはガリラヤ湖、すなわちティベリアス湖の向こう岸に渡られた。 大勢の群衆が後を追った。イエスが病人たちになさったしるしを見たからである。 イエスは山に登り、弟子たちと一緒にそこにお座りになった。ユダヤ人の祭りである過越祭が近づいていた。イエスは目を上げ、大勢の群衆が御自分の方へ来るのを見て、フィリポに、「この人たちに食べさせるには、どこでパンを買えばよいだろうか」と言われたが、こう言ったのはフィリポを試みるためであって、御自分では何をしようとしているか知っておられたのである。フィリポは、「めいめいが少しずつ食べるためにも、二百デナリオン分のパンでは足りないでしょう」と答えた。弟子の一人で、シモン・ペトロの兄弟アンデレが、イエスに言った。「ここに大麦のパン五つと魚二匹とを持っている少年がいます。けれども、こんなに大勢の人では、何の役にも立たないでしょう。」イエスは、「人々を座らせなさい」と言われた。そこには草がたくさん生えていた。男たちはそこに座ったが、その数はおよそ五千人であった。さて、イエスはパンを取り、感謝の祈りを唱えてから、座っている人々に分け与えられた。また、魚も同じようにして、欲しいだけ分け与えられた。人々が満腹したとき、イエスは弟子たちに、「少しも無駄にならないように、残ったパンの屑を集めなさい」と言われた。集めると、人々が五つの大麦パンを食べて、なお残ったパンの屑で、十二の籠がいっぱいになった。そこで、人々はイエスのなさったしるしを見て、「まさにこの人こそ、世に来られる預言者である」と言った。イエスは、人々が来て、自分を王にするために連れて行こうとしているのを知り、ひとりでまた山に退かれた。
 賛 美 9・346・56・342・24
 交読詩篇67篇

※ペンテコステ礼拝について
 5月24日(日)のペンテコステ礼拝は教会の庭で野外礼拝をる予定(雨天時は会堂内)です。礼拝後は昼食(各自お弁当持参)を取り、その後教会墓地にて礼拝を献げます。つきましては前日(5/23)の午前9時から、墓所の整備をいたします。ご協力をお願いいたします。

5月17日 主日礼拝

5/17 復活節第7主日礼拝
 説 教 「神への愛」  稲垣真実牧師        
 聖 書 ヨハネによる福音書5:31-47

「もし、わたしが自分自身について証しをするなら、その証しは真実ではない。 わたしについて証しをなさる方は別におられる。そして、その方がわたしについてなさる証しは真実であることを、わたしは知っている。あなたたちはヨハネのもとへ人を送ったが、彼は真理について証しをした。 わたしは、人間による証しは受けない。しかし、あなたたちが救われるために、これらのことを言っておく。ヨハネは、燃えて輝くともし火であった。あなたたちは、しばらくの間その光のもとで喜び楽しもうとした。しかし、わたしにはヨハネの証しにまさる証しがある。父がわたしに成し遂げるようにお与えになった業、つまり、わたしが行っている業そのものが、父がわたしをお遣わしになったことを証ししている。また、わたしをお遣わしになった父が、わたしについて証しをしてくださる。あなたたちは、まだ父のお声を聞いたこともなければ、お姿を見たこともない。また、あなたたちは、自分の内に父のお言葉をとどめていない。父がお遣わしになった者を、あなたたちは信じないからである。あなたたちは聖書の中に永遠の命があると考えて、聖書を研究している。ところが、聖書はわたしについて証しをするものだ。それなのに、あなたたちは、命を得るためにわたしのところへ来ようとしない。
 わたしは、人からの誉れは受けない。 しかし、あなたたちの内には神への愛がないことを、わたしは知っている。 わたしは父の名によって来たのに、あなたたちはわたしを受け入れない。もし、ほかの人が自分の名によって来れば、あなたたちは受け入れる。 互いに相手からの誉れは受けるのに、唯一の神からの誉れは求めようとしないあなたたちには、どうして信じることができようか。 わたしが父にあなたたちを訴えるなどと、考えてはならない。あなたたちを訴えるのは、あなたたちが頼りにしているモーセなのだ。 あなたたちは、モーセを信じたのであれば、わたしをも信じたはずだ。モーセは、わたしについて書いているからである。 しかし、モーセの書いたことを信じないのであれば、どうしてわたしが語ることを信じることができようか。」
 賛 美 12・165・442・483・29
 交読詩篇18篇1-16
 礼拝後:婦人会
     ヨブ記の学び 午後1時~

5月10日 主日礼拝

5/10 復活節第6主日礼拝
 説 教 「死から命へ」  稲垣真実牧師        
 聖 書 ヨハネによる福音書5:19-30

 そこで、イエスは彼らに言われた。「はっきり言っておく。子は、父のなさることを見なければ、自分からは何事もできない。父がなさることはなんでも、子もそのとおりにする。父は子を愛して、御自分のなさることをすべて子に示されるからである。また、これらのことよりも大きな業を子にお示しになって、あなたたちが驚くことになる。 すなわち、父が死者を復活させて命をお与えになるように、子も、与えたいと思う者に命を与える。 また、父はだれをも裁かず、裁きは一切子に任せておられる。 すべての人が、父を敬うように、子をも敬うようになるためである。子を敬わない者は、子をお遣わしになった父をも敬わない。はっきり言っておく。わたしの言葉を聞いて、わたしをお遣わしになった方を信じる者は、永遠の命を得、また、裁かれることなく、死から命へと移っている。 はっきり言っておく。死んだ者が神の子の声を聞く時が来る。今やその時である。その声を聞いた者は生きる。 父は、御自身の内に命を持っておられるように、子にも自分の内に命を持つようにしてくださったからである。 また、裁きを行う権能を子にお与えになった。子は人の子だからである。驚いてはならない。時が来ると、墓の中にいる者は皆、人の子の声を聞き、善を行った者は復活して命を受けるために、悪を行った者は復活して裁きを受けるために出て来るのだ。わたしは自分では何もできない。ただ、父から聞くままに裁く。わたしの裁きは正しい。わたしは自分の意志ではなく、わたしをお遣わしになった方の御心を行おうとするからである。」

 賛 美 7・120・326・474・28
 交読詩篇17篇6-15
 礼拝後:大掃除

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